2011年2月から毎月連載のふか尾シリーズ広告をご紹介。

百折不撓

|その10| 2011/11/25掲載

継がれる

 継がれる遺伝子の情報に、太古、地球誕生時の記憶が秘められている、そんな話を聞いた事があるが、なんとも浪漫が溢れる。
 ふか尾店主三十九歳の時、肉料理処を営んでいた父が他界した。若すぎる旅立ちだった。宮内庁に飛騨牛を献上した事もある偉大な父だった。凄い勉強をさせてもらった。最飛び飛騨牛にかける思いは遺伝子にしっかり刻み込まれ、親から遺産以上の宝物を受け取った。
 やがて親の有り難さやDNAに刻まれた信念は店名に表れる。「胸を張って〝ふか尾〟で行け」。幾つかの店名候補は除かれ、遠い記憶がそう背中を押したという。まさしく〝ふか尾の名にかけて〟。魂を引き継いだ瞬間だった。
 有り難さは親だけではない。お客様は勿論、取引業者様、スタッフ、女将、そして家族や地域の皆様、多くの方とのご縁により和牛厨ふか尾がある。料理人として、経営者として、夫として、親として、店主は感謝の念で溢れる。
 ふか尾から生まれる笑顔は連鎖する。DNAの二重螺旋構造のように、多くの方に支えられながら、一点一方向を目指して…。

|その11| 2011/12/23掲載

報いる

 街はイルミネーションに彩られ、Xmasソングが聞こえ始めた12月頭、岐阜で「畜産共進会」が開催された。生産農家は自信の飛騨牛を出品した。
 その競り市に於いて、和牛厨ふか尾店主は、念願の『最優秀賞受賞の飛騨牛』を落札した。いや、落札〝した〟のではなく、落札〝できた〟と表現した方がいいのかもしれない。お客様の笑顔が無かったら、多くの皆様の支えが無かったら落札できなかったかもしれない、そう店主は語った。〝最飛び〟の頂点最優秀飛騨牛が安房峠を越えて安曇野へ再び…、店主の心の奥からの感謝の思いが伝わってきた。落札した日は奇しくも四年前に同店が開店した日だった。
 肉は熟成し、お出しできる状態となった。通常メニューで、お持ち帰り用で、多くのお客様から満面の〝笑顔〟を頂戴している。
 最飛びへの道はまだまだ続く。四年かけて和牛厨ふか尾はここまで来た。店主は言った、「いいえ、まだ〝ここまでしか〟来てない」と。
そして「今年も一年ありがとうございました」とお客様と
関係各位への感謝の言葉を続けた。
 『最飛びへの道』はまだまだ長く長く続く…。